北原白秋 桐の花・聴けよ妻ふるもののあり 

 短歌は一箇の小さい緑の古宝玉である、古い悲哀時代のセンチメントのエツキスである。古いけれども棄てがたい、その完成した美くしい形は東洋人の二千年来の悲哀のさまざまな追憶おもひでに依てたとへがたない悲しい光沢をつけられてゐる。その面には玉虫のやうな光やつつましい杏仁水のやうな匂乃至一絃琴や古い日本の笛のやうな素朴な Lied のリズムがうごいてゐる。なつかしいではないか、若いロセツチが生命の家のよろこびを古いソンネツトの形式に寄せたやうに私も奔放自由なシムフオニーの新曲に自己の全感覚を響かすあとから、寥しい一絃の古琴を新らしい悲しい指さきでこころもちよく爪弾したところで少しも差支へはない筈だ。市井の俗人すらその忙がしい銀行事務の折々には一鉢のシネラリヤの花になにとはなきデリケエトな目ざしを送ることもあるではないか。私はそんな風に短歌の匂に親しみたいのである。

その小さい緑の古宝玉はよく香料のうつり香の新しい汗のにじんだ私の掌にも載り、ウイスキイや黄色いカステラの付いた指のさきにも触れる。而して時と処と私の気分の相違により、ある時は桐の花の淡い匂を反射し、また草わかばの淡緑にも映り、或はあるかなきかの刺のあとから赤い血の一滴をすら点ぜられる。
 私は無論この古宝玉の優しい触感を愛してゐる。而已ならず近代の新しいそして繊細な五官の汗と静こころなき青年の濃かな気息に依て染々とした特殊の光沢を附加へたいのである。併し私はその完成された形の放つ深い悲哀を知つてゐる。実際完成されたものほどかなしいものはあるまい、四十過ぎた世帯くづしの仲居が時折わかい半玉のやうなデリケエトな目つきするほどさびしく見られるものはない。(中略)

古い小さい緑玉メロウドは水晶の函に入れて刺戟の鋭い洋酒やハシツシユの罎のうしろにそつと秘蔵して置くべきものだ。古い一絃琴は仏蘭西わたりのピアノの傍の薄青い陰影のなかにたてかけて、おほかたは静かに眺め入るべきものである。私は短歌をそんな風に考へてゐる。
 さうして真に愛してゐる。

 カステラの皿に翳あり白秋忌

カステラの淡き翳なす白秋忌

カステラを切る刃の翳や白秋忌

刃に移るカステラの翳白秋忌

カステラの翳刃に移る白秋忌

カステラの翳の刃となる白秋忌

カステラに入るる刃の翳白秋忌

カステラに入るる刃匂ふ白秋忌

 
 聴けよ妻 ふるもののあり
 
聴けよ、妻。ふるもののあり。かすかにもふるもののあり。初夜過ぎて。夜の幽〔かそ〕けさとやなりけらし。ふりいでにけり。なにかしらふりいでにけり。声のして、ふりまさるなり。雨ならし。いな雪ならし。雪なりし。あはれ初雪。よくふりぬ。さてもめづらにふる雪のよくこそはふれ、ふりいでにけれ。さらさらと、また音たて、しづかなり。ただ深むなり。聴けよ、妻。そのふる雪の、満〔み〕ち満〔み〕ちて、ただこの闇に、舞ひ深むなり、ふりつもるなり。