マルクス・アウレリウス 自省録 第四巻 

二十 

いかなる様式の者であれ、美しいものはそれ自体からして美しく、それ自体へと赴いて止む。それに加うるに賞賛をその一部分として持つことは出来ない。まこと賞賛されるものがより悪くあるいはよくなるというものではないのである。

碧玉は賛美されなければ本来の姿を損なうとでもいうのか。黄金はどうだ。象牙は。紫貝は。リュラ琴は。短剣は。可憐な花は。

三十一

おまえの習得したささやかな技術を慈しみ、それに心憩え。

三十三

永久の記憶とはまた何であるか。全き空虚。ならば人が賢明努力を注ぐべき対象は何か。この一事のみ。すなわち、正義に適った考え、公共を旨とする行為、けっして欺くことをしらない言葉、生起するすべてのことを必然のこと・・・として悦んで受入れる心の有り様

四十九

以後おまえを悲嘆に誘うものにあっては常に、次の原理を用いることを心に銘記せよ。すなわち、それは不運ではないということ、むしろそれを気高く堪えることが幸運で有るということを。