短歌入門 決定版

素材の選択は思想

戦前

母のくににかへり来しかなや炎々と冬濤圧して太陽沈む 坪野哲久 

戦後

大空の斬首ののちの静もりか没ちし日輪がのこすむらさき 春日井建

短歌は事実で無いことを詠んでもよいのですか?

窪田空穂は、事実を詠んだ歌なんてどこにもありゃしないよと言った。

短歌は事実そのものを詠むものではない。

だいじなのは作品として「真実」が感じられるか。リアリティ。フィクションでも善いが、リアリスティさえ確かならよし。

然し事実は素材として強い。

生活詠

言ひ過ぎし会議の後を降りきたる地下の茶房に一人となりぬ 篠弘

旅詠

巴里にて髪洗ふなど思はざりきホテルの窓辺に髪梳くことも 宮英子

なめらかに磨きたてたる空港の床にくろぐろと太き蠅死す 伊藤一彦

なるべく小さなもの、低いところから見るべき。

人生詠

人生はすでに古語なり青葉木兎されど夜をこめて啼きつづけゐよ 馬場あき子*1

人はみな悲しみの器。頭を垂りて心ただよふ夜の電車に 岡野弘彦

人生はただ一問の質問にすぎぬと書けば二月のかもめ 寺山修司

きみとの恋終わりプールに泳ぎおり十メートル地点で悲しみがくる 小島なお

タンポポの背が伸びるころ君よりも君を知るのだ狭い新居で 染野太朗

たったこれだけの家族であるよ子を二人あひだにおきて山道のぼる 河野裕子

自然詠

ちる花はかずかぎりなしことごとく光りをひきて谷にゆくかも 上田三四二

自分の立脚点を注意深く確かめ、自然饒辺かにちゃくもくし、描くことによって「なにか」を詠み手に感じさせられるか。

「言ひおおせて何かある」芭蕉 『去来抄

夕焼空焦げきはまれる下にして氷らんとする湖の静けさ 島木赤彦『切火』

立山が後立山に影うつす夕日の時の大きしづかさ 川田順『鷲』

石崖に子ども七人腰かけて河豚を釣り居り夕焼小焼 北原白秋『雲母集』

起点であり終点である「みる」

見る事。よく見ること。なおよく見ること、再度見ること。対象のものに執すること。飽くなく見ること。そうすると歌おうとする対象のものが逆に作者にはたらきかけてくる。

主体的に、対象のものがなにであるかを探る方法を「実相観入」と呼んだ野は斎藤茂吉ロダンは『ロダン論」にて画家は描こうとする木や枝はただ形だけを描くのではなく,枝や葉の先端は、その木の魂、根源的な生をつきつけているのだから、それをしっかり心に入れて見なければならないと述べた。

鳴く蟬を手握りもちてその頭をりをり見つつ童走せ来る 窪田空穂

金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に 与謝野晶子

「よくみる」とは、発見し新しく出会うこと

楽器にはない進化論いつの世もチェロはやさしいびてい骨もつ 杉崎恒夫

水に樹に草にひかりのたたみあひ谷にしづけき騒がしさあり 柏崎驍二

自分らしい言葉で詠う

さくら花陽に泡立つを目守りゐるこの昏き遊星に人と生れて 山中智恵子

顔ぢゆうを口となしつつ双手して赤き林檎を噛めば悲しも 若山牧水

失恋。

効果的な比喩

桃の木はいのりの如く葉を垂れて輝く庭に見ゆる折ふし 佐藤佐太郎

たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらって行ってはくれぬか 河野裕子

「さかさまに電池を入れられた玩具の汽車みたいにおとなしいのね」穂村弘

 

*1:夫恋へば吾に死ねとよ青葉木兎 橋本多佳子