兼久ちわき 『甘雨』 第3章 七癖

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『甘雨』は兼久ちわきの第二句集。著者は、馬酔木・早苗同人。

平成17年より29年までの編年体で編まれている。

 

片糸鳥行くや夕映え綴りつつ

片糸鳥は雁の別名。夕映えは好みで何度か出てきている。綴るというのは類そうが阿在るか。いずれにしても、抒情のある佳句。

一病の薬嫌ひや杉菜干す 

即妙。作者か母か。杉菜を「干す」という俳句は珍しいか。

一病程度であれば、薬を飲まない人は多いかもしれないが、それを俳句にしようとはなかなか思わない。

骨太の手より繰り出す喧嘩凧

男の手である。しかも、無骨な職人気質で、盛年であろう。繰り出すの描写によって、骨太の手~糸~凧という近景~中景~遠景への写生がある。

気短の父へ走り茶供へけり

やや理屈っぽいのが難点だが、通の父親でもあったのであろう、旬より先に走りのものを食べたがる。呑みたがる。家族の中であれば家長として第一に。そんな父が亡くなっても、風習を変えず、走り茶を供えるのだ。

足環のみ残れる象舎五月尽く

梅雨を迎える。意外と象の俳句は多い。違和感を表現することによって、かえって象の描写となっている。そして、その居心地の悪さがまもなく迎える梅雨とマッチするのである。

青田風綯ひ交ぜに織る伊予絣

涼感。また田が入ることにより、田園風景の奥行きが出ている。「綯ひ交ぜ」が作者の主観であり、発見。

万緑を分け法螺貝の登り来る 

聴覚の作品。修験者だろうか。青嶺にさくしゃもいる。そこに登り来る。音が近づいてくる。遍路かもしれない。

校長先生以下七人の案山子かな

俳味。坊っちゃんの世界である。

一といふ数の勁さや鷹の天

強さと孤独は同義である。

涅槃図の奥より猫の甘え声

猫が何度か出てくる。好きなのだろう。釈迦の入滅の涅槃と生を象徴する涅槃の対比が的確。

竪穴の匂へる茅あたたかし 即妙。

七癖の六つまで父似豆の飯

良い句である。無くて七癖という癖の六つまで父に似ているというのである。これと「豆の飯」の点在する豆と季語そのものの幸福感が生きて、つかずはなれずとなっている。

八朔の天へ放水始まれり

消火訓練だろう。八月一日の自然への感謝を背景に、実景とむすびつけて佳句。

染め上げし藍のスカーフ小鳥来る

藍は何度目かもしれない。小鳥の動きとスカーフの風に動く姿がまず浮かび、花鶏などの小鳥の色と鳥にはない純然たる染め上げられた藍の色の対比が鮮烈である。

磨るほどに墨の清みゆく十三夜

静謐な抒情のある句である。読者には何故墨を磨るかなどはどうでもよい。また、「す」で頭をそろえて、調べを良くしているのも見逃せない。

夫留守の焦がしし秋刀魚食ひにけり

こういう句はほっとする句である

一唳に募る暮色や田鶴の村

鶴唳に「募る」としたのが発見である。類想があるか。

n鶴の墓いま風花の舞ふばかり

まずこの地域で鶴が愛されていることに驚く。鶴の恩返しなど、美しい鳥である。その鶴を悼むように、風花が墓に舞っていると感じたのである。

抱き上ぐる子の福耳に初k日かな

めでたい句。寝ていた子を抱き上げると、その大きな耳朶にh初日が差した。赤子の福耳という小さな物と初日という大きな物との対比。そして全体を包む多幸感。

小正月姑小姑嫁五人

女正月を満喫しているのであろう。漢字だけだが、想像力で補える

石の目へ鑿の一打や寒の明

未だ石であるところに鑿の一打を打って目にする。寒の明と響き合って、鋭さがある。

ポンプより噴き出す井水龍天に 

地下に潜っていた龍が一直線に天に向かうが如きである

春雨に暮るる石炭荷揚港

宇部か呉だろうか。春雨と石炭の意外。

攩網に跳ねて夕日の桜鯛

生きのよさ。そして夕陽に照り映えてただでさえ美しい桜鯛がなお美しくなっている。

彫り上げし仏の御目みどりさす

若葉して御目の涙ぬぐはばや、と類k句か。さきほどの鑿の一打の完成形かもしれない

田植靴夫に脱がして貰ひけり

泥だらけであることや、きつく履いていたこと、疲労を感じる重労働であったことが伝わる

臍出してねまる双子や青簾

青簾が利いている。涼しげに簾の中で仲良く寝ているのであろう。臍を出して何も憂いがないように。子供の静かに寝ている様は世の平和の象徴とも思う

ザビエルの布教の井より天道虫

伝道と天道がひっかかている。そして、ここから飛び立って拡がっていく布教の確かさを天道虫が象徴している。

衣更へて強気の少し戻りけり

髪を切ったり服を替えたりすることは気分の一新に効果がある。何か落ち込むことがあったのであろうが、回復した(と感じた)

短夜の雑魚寝に語る卒業後

高校生であろう。修学旅行のこういう経験は誰しもしているのではないか。

眼を細め象の水浴ぶ合歓の花

何も言っていないが、象の歓びが眼を細めている姿、そして合歓の花の象徴で伝わる。

舳先まづ浄め沖へと祭舟

祭舟らしくてよい。

矛杉の月をかかげて祭果つ

月の遠景、矛杉の中景、祭りの近景。

英彦山の甘雨余さず稲稔る 

余さず、が豊年に対する禱りである。

吉相を選び冬瓜買ひにけり

冬瓜に顔を見た、俳諧味のある句である。

客あれば出づる渡舟や草の絮

渡し船ののどけさが草の絮のたゆたふ感じとあっている

青北風や捨蛸壺の口が鳴り 

蛸壺やはかなき夢を夏の月 芭蕉

畦道に弓矢突き立て捨案山子 

武将の案山子であろう。体験の特殊性がそのまま句になった。

観音の御手より氷柱雫かな

景としては見えるが、露外に観音g様がゐるのであろうか。