兼久ちわき 『甘雨』 第2章 力石

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『甘雨』は兼久ちわきの第二句集。著者は、馬酔木・早苗同人。

平成17年より29年までの編年体で編まれている。

 

余る生などなし山の笑ひ初め 

矜持。「初め」が常套だが、山笑ふにもってきたのは面白い。常に季節は巡り、定年退職などあっても、ここからがスタートである。

首里城へつづくおぼろの石畳 

金城町石畳であろう。沖縄と朧がなかなかピンと来ないが、実景だとすれば相応。

天井をマンタが泳ぐ日永かな

美ら海水族館か。日永の感じを確かに捉える。確かに春の歓びはあるのだが、けだるさが漂う。

 笹舟を浮べてよりの夕涼し

「よりの」が良い。名を聞くよりの「より」

山彦を呼び込む祭太鼓かな 

呼び込む訳ではないのであるが、詩的には真実なのである。

縄文太鼓陸奥の短夜眠らせず

太鼓によって眠らせないはつきすぎだろうが、縄文と陸奥があって、抒情を維持している。

大間かと蝦夷かと海霧の方位盤

方位盤を持ってきたことが秀逸。なかなか見ても詠めない句材だ。五里霧中が伝わる。いずれとしても、大間と蝦夷をもってきて、句柄が大きくなった。

岩に磐また巌月の立石寺 

「いわ」の違いで大きさを出している。漢字の妙である。

落し物届け来し子の息白し 

息白しは難しい。この句は急いで寒い中を駆けて届けて来た子の様子が十分に伝わる。

次々と湖綻ばせ春の鳰

湖に潜ることで、表面に僅かながら波が立つ。それもかなりの数がそうしている。鳰潜る水面の雲仙普賢岳、ということ。「綻ばす」としたところが妙。

落し蓋取れば目を剥く眼張かな 

よく煮えた結果、目をさらに開いたのだ。実感。

シテ足の鷺に春潮引きはじむ

シテは能のシテ(主役)である。隠喩ながら、そのゆっくりと確かに動く様が適切に表現されている。

舟渡御の迎提灯点しけり

浅草らしさが良く出ている。迎提灯に景を集約したのが妙。

無藝荘

山雨急入れば夏炉の炸けけり 

小津安二郎記念館@蓼科。

被爆瑕へ水たつぷりと墓洗ふ

第1章同様だが、たつぷりとが供養の念を感じさせ的確。

夕映えて白鳥千の水しぶき 

千のが好みだが、確かにそうかもしれないと思えばとれる。

空箱より猫の顔出す師走かな

師走が移るかもしれないが、年末くらい庇護されて過ごしたいものである

髪切つて羽たくつもり春立つ日

立春の歓びと散髪のうれしさと呼応。つかずはなれず。

紙雛眉一筆の男ぶり 

雑といえばn雑なのだろうが、一直線の眉に女n性にはない力強さヲ感じたのだ

子らと寝る雛にひと間を明け渡し

明け渡しがよい。こういうことあるよね、と読者に共感を覚えさせる

門どこも絡め取られて花の城

「て」の把握に善悪があるが、「絡め取る」とみたのが適当。

中景から入って大景の花の城が生きてくる

また一羽風に誘はれ巣立ちけり

見守る優しい目が見えてくる。

夕映えの真菰を戻る手漕舟

手漕ぎ舟は二度目か。前n句のがよいと思うが、これも悪くない

膨れゆくガラスの火玉西日射す

膨れゆくと火玉の着眼点の確かさ。西日射すで美しさが増した。

暁闇を縫ひつつ天へ登山の灯 

縫いつつがよい。明けているのか明けていないのかという処を朝日を見に登るのだ

林間学校星を頼りの肝試し

珍しい季語。そしてありそうだなと思わせる青春の一頁である

秋蟬のぬけがら縋る力石

力石(ちからいし)は、力試しに用いられる大きな石である。

空蝉のはかなさと生命力の象徴を対比させたのがよい。

揉洗ふほどに子芋の光り出づ

一物仕立て。そこにうれしさを感じる

操人形吊られて眠る星月夜

星月夜だからといって明るいことを持って来すぎるとよくない。マリオネットの睡りという擬人をもってきて、ぎりぎりの均衡を保っている。どちらかというとゴッホの星月夜が思い出される作品だ

陶土搗く音の間遠に山眠る

父と子の間合よろしき神楽笛

聴覚をうまく使ってゐる。

辛口を一献義士の日なりけり

辛口の酒を一献だけ飲む。その潔さ。今日は打入の日だというのである。