「ちゅうくらい」という生き方 渡邉弘

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新論とはおもわないが、一茶のことがわかる良書。

注記ない限り、一茶の句。著者の論。

蟻の道雲の峰よりつづきけん

一茶は30そこそこの聖ねん。才能よりも指導者としての巧み、挙措動作の確かさを求める。つまり、大人の俳諧師を予定し、叶わぬ時は失望・非難を惜しまない。金子兜太

つぐら子をこそぐり起こす小てふかな 

つぐら子は、嬰児籠の一種。

暗雨、陰雨、雲雨、過雨、甘雨、寒雨、喜雨、苦雨、五月雨、紅雨、黒雨、慈雨、時雨、雷雨、など多様な呼び名は、見る側に繊細な目があることを示している。

一茶の教官は、他社も潜在的に同じものを備えているt子、また限りあ存在であることを自覚したうえで、悲しみを伴う言葉。アイデンティティーの問題だ。

芭蕉の「道」、蕪村の「芸」、一茶の「生」山下一海「芭蕉・蕪村・一茶~文学史の常識を巡って~」

 

油火のうつくしき夜やひく蛙

御火焚や霜うつくしき京の町 与謝蕪村

夕空や蚊が鳴出してうつくしき

翌もありあさてもありと露の世の露を露とも思わざりけり

ひぐらしの一つが啼けば二つ啼き山みな声となりて明けゆく 四賀光子

鹿の角借りて休みし小蝶かな