久々に感動したので。 神奈川弁護士会 渡部源先生

渡部ログ: 思い出話

 

※本投稿は本当は弁護士コラム用に書き始めたものですが,すごく長くなったのでボツにした作品です。暇な人だけ読んでください。

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「なぜ弁護士になったのか」という問いは,弁護士に限らずなされるものです。

「人の役に立ちたい」。そう答える方は少なくないと思います。ぼくはそう答えませんけど。

社会というものが分業化され,それ自体いったいなんの役に立つのかと思うような仕事も,仕事として成り立つ以上,それは「(最終的には)人の役に立つから」であり,逆に言えば人の役に立たないものは仕事ではありません。

どんな仕事でも人の役に立っているのです。関わり方が違うだけで,どのような仕事も人の役に立つのです。


今はもうありませんが,JR戸塚駅に隣接する形で,マルイというショッピングセンターがありました。

その5階はメンズファッションフロアになっており,いろんなお店が入っていました。

そのあるセレクトショップで,店長のKさん(20代半ば),副店長のMさん(20代前半)は服を売っていました。

横浜や新宿のマルイではありません。戸塚駅のマルイです。フロア自体はガラガラで,平日の昼間は,お客さんは片手で数えられる程度です。

ある夏の日,男の子がお店にやってきました。

白いTシャツにジーパン,白いスニーカーというなんとも素朴な出で立ちの彼は,お店に入ると迷わず真っ白なTシャツを2,3着選び,「これをください。」と言ってきました。お店に入ってきて,30秒もしないうちに購入商品を決めました。

「それ,全く同じTシャツですけど,いいんですか?」
「いいです。おれ,オシャレとかよくわかんないから。」

どうやら男の子は高校生。オシャレに疎いことを自覚し,恥ずかしがっているようで,早く会計を済ませたがってます。

KさんとMさんは,そのまま会計を済ませても良かったのですが,彼が全然視線を合わせてこないこと,自分がダサいというコンプレックスを抱えて勇気を出してお店に来たため耳まで真っ赤になっていること,どう考えても同じTシャツは3枚いらないこと(しかも今着ているものとほぼ一緒)などを考慮し,彼に提案をしてみることにしました。

「同じもの買うより,違うもの買って組み合わせたほうがいいんじゃない?」
「…(無言)」
「これとか,どうかな?」
「…(無言)」
「ていうか,今日はお出かけの日?この後どっか行くの?」
「…(無言)」

彼は全く視線を合わせず,ひたすらうつむいています。コミュニケーションが,とれません。

「なんか,疲れてるね,もしかして受験とか?」
「…はい。3年です。」
「死んだ魚のような目をしているよwよっぽど勉強が大変なんだね。」
「…一週間ぶりに外に出ました。」
「え?」
「…今までずっとサッカーしかしてこなくて,それでも負けちゃって,大学に行くことにしました。勉強とか全然やったことないから,まずみんなに追いつこうと思って,ひたすら勉強してたら,気がついたら一週間全く外に出てないことに気がついて,夏期講習に着ていく服ねえやと思って,服買いに来ました。」

KさんとMさんは大爆笑。彼がダサいことに笑ったのではありません。確かに彼はダサかったのですが,それ以上に自分たちの「思春期」を彼に重ね合わせてしまい,自分たちが気恥ずかしくなって笑ってしまいました。彼は自分が笑われたことに怒ったのか,商品を置いてそのまま店を出ようとする思春期丸出しの行為に及びかけました。

「違う違う違う。待って待って待って。君があまりに可愛かったから。」
「…?」
「分かった。君は今日,服にいくら使おうと思っていた?」
「…(ベリベリとadidasの財布を開けながら)決めてないけど,5万ある。」
「すごいね!バイトしてるの!?」
「…してない。」
「なんでそんなに持ってるの!」
「…金は(以下規制)」
「wwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「…(無言)」
「お金は大事にした方がいい。こういうのはどうだい?君が使おうと思ったお金の範囲内で,僕たちが君に似合う服を選ぶ。君がそれを気に入ってくれたら買ってくれればいいし,気に入らなかったら君の好きなところで好きなように買えばいい。どう?」
「…はい。」

KさんとMさんは,彼がどんな服を持っているか聞き取った上で,彼の財布に十分なお札を残せる範囲で,服を選びました。
オシャレが全く分からない彼は,NOと言うだけの眼力はなく,言われるがままに服を買って帰りました。

「可愛い子だったね。」
「そうですね店長。」
「絶対Mさんに目を合わせなかったねw女性慣れしていないとことがまた可愛いw」
「分かりました。もし次来てくれたら,今度は私が頑張りますw」

基本的にマルイ戸塚店は暇です。だから将来的に潰れるわけですが,とにかくお客さんがいませんでした。だから,お客さんが1人でも来ると,フロアのどこにいても,なんとなく分かります。

「店長。」
「なに?」
「あの子じゃないですか?」
「あ!」

あれからしばらくして,もう来ないと思っていた彼は,店に入るのを恥ずかしそうに,その辺の別の店を見てるふりをしながら少しずつ近寄ってきていました。
Kさんは彼と目が合い,人差し指でチョイチョイ,っとおいでおいでのサインを出します。
彼は頭をポリポリ掻きながら,さも「仕方ないから」という雰囲気を出して店に入ります。

「また見繕ってください。今日は2万。」
「じゃあ今日はMさんにやってもらおうか。」
「いや,店長やってください。」
「なんで私じゃダメなの?」
「女は…よくわかんね。」

またKさんとMさんは大笑いしました。だけど,今回は彼も自分で大笑いしていました。

その後も彼は店に来ました。

彼が来るたびに,KさんとMさんは服の選び方を彼に教えました。
「服を選ぶときは,まず色から入った方がいいよ。その服が高かろうが安かろうが,良い色を使っているなら,視覚にまず入るのは色だからね。」
「だいぶ色の組み合わせが分かってきたね。でもね,君は顔が派手だから,こういうボルドーとか,派手な色を組み合わせると良いかもしれない。」

そのうち彼にも「好み」というものが形成され,自分で選ぶようになりってきました。
次第に,彼との会話の内容も,くだらない世間話になっていきました。
「君は本当にサッカーばかりやっていたんだね。」
「話している限りでは,すごく頭の回転が早いと思うから,そんなに成績悪いことをコンプレックスに感じなくていいんじゃないの?」
「ちょっと待って,今,バックヤードからコーヒー持ってくるから。飲みながら話そうw」

彼は次第に買い物をせず,3,4時間,その店で暇をつぶすようになりました。

「やっぱり好きな子いるんじゃない!」
「どんな子?どんな子?」
「よし,その子好みの服を久しぶりにおれが選んでやろう。」
彼は自分の話もするようになりました。


また,ある日,彼が来ました。

「やあ,今日は買い物かい?だべっていくかい?」
「おれ,受かったよ。」
「な!!!!大学か!?」
「明治,青山,法政,全部受かった。みんなから『滑り止め受けろ』って言われたけど,おれ,全部受かったよ。」
Kさんから携帯端末でバックヤードから呼び出されたMさんは泣いていました。
「頑張ってたもんね!頑張ってたもんね!」
Mさんは彼をハグしながら泣いていました。
「最後までD判定って言ってたもんな。大逆転じゃないか。やるなー!どうだ,感想は?」
Kさんは何度も彼の肩を小突いては茶化してきました。
「おれはやることやっただけだから,なんにもないけど,受かったことを親や友達に言ったらすごい喜んでくれて,それを見るのは嬉しいと思った。」
彼は頭を掻きながら続けました。
「だから,今日,店に来てみた。」

彼が可愛すぎて,店長は私物の服を彼にあげ,彼は何も買わずに帰って行きました。



また,ある日,彼が来ました。

「Mさん,店長今日いる?」
「あら,今日は店長お休みなのよ。」
「そうか。じゃあ日を改める。」
「どうしたの?店長に何か用事?」
「いや,用事ではない。店長とMさんが一緒の方が楽だと思っただけ。」
「どういうこと?」
「紹介しようと思って。」
「何を?」
「彼女。」
「彼女!?連れてきたの!?」
「あそこのエスカレーターの影に待機させている。」
彼が知る限り,おっとりとしたMさんがダッシュしてエスカレーターまで走るのを見たのは,そのときが最初で最後でした。
なお,当然のことながら,Mさんはこのことを携帯ですぐにKさんに連絡し,Kさんから自身のシフトを彼に伝えてもう一度連れてくるよう命じました。


また,ある日,彼が来ました。

「こんにちは。お話は聞いています。」
「Mさん,この人新人さん?」
「そうよ。Eくんっていうの。君と同じ歳よ。よくしてあげてね。」
同い年の新人さんが,店に入ってきました。お店にいる時間はEくんより彼の方が長かったので,彼は我が物顔でEくんに話しかけていました。
「Eくんはいつから働いてるの?」
「高校出てからすぐこの世界に入りました。」
「すごいね。おれは学生でプラプラしてるのに。」
「それも良いと思います。ただ,おれの場合は,もうやりたいこと決まってたんで,それだったら,学校通わないで迷わずこの道に入った方が経験積めると思って。」
なんだかんだで全員大学に進学する環境にいた彼は,Eくんから多大な影響を受けました。

ただ,Eくんはなんの理由もなしに,お客さんがいないマルイ戸塚店に配属されたわけではありませんでした。


また,ある日,彼が来ました。

「Mさん,はい,これ。」
「え?なにこれ?」
「今日はすぐ帰る。もらって。」
「これなに?」
「Mさん,今日でこの店辞めるんでしょ。だから,お礼。」
「…」
「ほら,おれ,昔,服のこと全然分からなかったじゃない。店長とMさんに笑われてさ。でも,今,おれ,超モテてんだよ。素材が良いから当たり前だけど,その引き出し方を教えてくれたのは店長とMさん。だから,お礼。」
「…」
「これ,一人で買いに行ったんだ。おれがだよ?女性物の店に一人で行けるようになった。すごいだろw」
「…」
Mさんは終始,無言で泣き続けていました。


その店に彼が来たのは,その日が最後でした。

「君は,おれがこの店で働いている中で面白いお客さんの第2位だった。」
「1位じゃないんですね。」
「そうだねwぶっ飛んでるお客さんが一人,いてね。君はその次。少なくともベスト3には入っている。」
「だいたい服買わずに帰って行きますからね。」
「いいんだ。君はそれでいい。それが許されるのが君だ。」
「許しを得た記憶はないんですけどね。」
「それにしても,あのときの高校生が司法試験に挑戦するとはなぁ…。」
「いや,宣言しただけで,まだなにもやってないんですけど。」
「親みたいな感覚になってくる。」
「実年齢めっちゃ近いですけどね。」
「あんまり無理するなよ。一週間外に出ないとかやめてよw」
「よく覚えてますねw」
「もうおれの想像を超えちゃってるわ。」
「おれから言わせれば,店長の方がもう超えちゃってますけどね。あぁ,もう店長じゃなくなるのか,Kさん。」
「そうだね。」
「なんやかんや言って,あのときのメンツ,もう店長しかいないですよね。」
「そうだね。Eくんも異動になったし,今いる子も若い子ばかりだしね。」
「で,どうするんですか,退職するなんて。」
「考えてはいるけど,考えてはいない。」
「それがよくわからんのですよ。店長,おれのことは根堀り葉掘り聞くくせに,肝心の自分のことあまり言わないじゃないですか。」
「ふふふ。あまり人に言いたくないのさ。」
「関西に行くんですよね。遠いなぁ。」
「そうだね。向こうで何をやるかも決めてないしね。」
「なんで決めてないのに行くんですか。」
「何をやるかは決めてないけど,何をしたいかは決まっているからだよ。」
「何をしたいんですか。」
「そうだなぁ。敢えて言うなら,『今度は自分で,したい。』かなぁ。」
「全然分からん。」
「ふふふ。」
次の日から,Kさんも彼もその店からいなくなりました。



服を売るという職業は,人のために衣服を提供するという職業です。

衣食住の「衣」を売るお仕事です。それだけで価値があります。

ただ,もし,売ることそれのみをゴールに設定するならば,そんなにやりがいのない仕事はないと思っています。

私は服を売る職業というものはよく知りませんが,少なくとも「彼」は,服を得るという以上の付加価値を与えられています。

この出会いに限ったことではありませんが,こういった何かが一つでも欠けていたら,彼の人生は少し変わったものになったいたでしょう。

弁護士は紛れもなく人の役に立つための仕事です。

しかし私は,それ以上の付加価値を与えられる,そんな弁護士になりたいと思っています。

その付加価値は,実は私の中では決まっているのですが,お客様には内緒にしております。気になる方は当事務所までお問い合わせください。担当弁護士はこう答えるでしょう。


「ふふふ。」と。



追伸

Kさんへ

おれ,司法試験,受かりましたよ。
あれからすげー頑張りましたよ。
でも思ったのが,弁護士になるよりも,弁護士をやり続ける方がずっと大変ということです。
店長という重責を担いながら,よく服買わないおれの無駄話に付き合えましたね。マジ尊敬してます。
Kさんがしてくれた話,全部覚えています。
「一生を鳥かごの中で終える鳥は,果たして幸せと言えるか」という話,あたかもおれの話のように人に披露しています。
「生きてさえいりゃあなんとかなる」とも言ってましたね。
生きててください。そしてできれば,幸せを感じて生きていてください。
おれは弁護士になりました。
一生Kさんに会いたくありません。
だって,おれが弁護士としてKさんに会うのであるならば,Kさん大変な目にあってるってことですから。
一生会いたくありません。
でも,話したいことは山ほどあります。


Mさんへ

クソおっとりした雰囲気で油断させておきながら高額の新商品をご提供するMさんのことを,Kさんに影で「悪魔」と呼んでいました。
おれには弟しかいないけど,もし姉ちゃんがいるのなら,Mさんみたいな姉ちゃんが良いです。
家庭や学校の話とか,いつも姉ちゃんみたいに相談に乗ってくれてありがたかったです。
今,おれ,新人弁護士から「兄ちゃん」みたいに扱われています。
Mさんみたく上手に接してあげられてないけど,このおれさまも出世したものです。
Mさん美人なんで,きっと引く手数多だったんでしょうけど,たぶん当時Mさんがいちばん好きな異性はおれだったという自信があります。
そんなMさんに報告です。
おれ,あのとき連れてった彼女と結婚しました。
Mさんほどおおらかな女性ではないですけど,Mさんのようにさりげなくアウターだけでなくインナーも新調させようとしないので,それなりに上手くいってます。
というわけで,おれは既婚者になりましたので,どうかおれのことは諦めてください。
あなたの幸せを,誰よりも願っています。

弁護士 渡部 源

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