ブライアン デ パルマ 『キャリー』

・ストーリー さすがに古い映画だが,よくできている。冒頭の引き込み方とかすごすぎるだろう。前半の少女の成長と青春,絶頂。後半の絶望と狂気と正気の混淆という流れは古典としてかなりの評価がされていいはずである。狂気の中にこそ真理があるというのは,リア王以来の連綿たる系譜でもある。象徴的暗示的に最後の晩餐を用いるとか隠し味がそこかしこにちりばめられている。コメディリリーフも的確。 

・キャラクター キャリーというキャラクター,そして母親が作りこまれている。キャリーの後半の瞬きさえしない演技は圧巻。前半のどこかにありそうで,しかし,第三者から見ると滑稽な状況を演じるのは見ている以上にとても難しいだろう。母親は狂った後のマクベス夫人を思わせる迫真の演技だ。1時間24分の影がのび,マネキンがあるシーンは静かに狂気から覚め,少女へと戻りゆく姿を演出する好カット。1時間30分の母親のカットは磔にされた聖セバスチャンを明らかに意識しており,ベラスケスの宗教画を思わせる美しさ。その死に対する喜びの表情までも。ラストはしてやられた。叫んだわ。暗転後の緊張感は,この二人がもたらすものだ。


・世界観として,アメリカのあの土地の学校だからできることというのはある。日常が些細なことで変転するというのは興味深い。日常の中にある恐怖というのはジョジョの奇妙な冒険第4部のテーマでもある。
 しかし,これをスター・ウォーズより面白いと思う荒木飛呂彦先生はやはり感性が(いろんな意味で)ずれている。

 

キャリー (1976年の映画) - Wikipedia