和歌

吾子の頭(づ)とぶつかりうずくまるわれの頭を吾子の撫でにけるかも

水底の玉さへさやに見つべくも照る月夜かも夜の更けゆけば 詠み人知らず(巻7・1082) 水底の玉照る二十三夜月 瀬を早みゐで越す波の音さやか 水霧らふ沖つ小島に風をいたみ舟寄せかねつ心は思へど 詠み人知らず(巻7/1401)

万葉集 巻第五 令和

時に、初春の令月にして、気淑く風和ぐ。梅は鏡前の紛を披く、蘭は珮後の香を薫らす。しかのみにあらず、曙の嶺に雲移り、松は羅を掛けて絹傘を傾く、夕の岫に霧結び、鳥はうすものに封ぢらえて林に迷ふ。庭には舞う新蝶あり、空には帰る故雁あり。 折しも、…

松の葉に月はゆつりぬ黄葉葉の過ぐれや君が逢はぬ夜の多き 池辺王(巻4・623)

松の葉越に月は渡っていくし、おいでをまったあげくにいつしか月も変わってしまった。まさかあのh世へいったわけでもあるまいのに、あなたの逢いに来ぬ夜が重なること、かさなること。 松の葉を月渡りゆく神無月 松の葉を月渡りゆく初冬かな 松の葉を月渡り…

蘆辺より満ち来る潮のいや増しに思へか君が忘れかねつる 山口女王(巻4/617)

葦原のあたりを満ちて来る潮のように、君を思う気持ちがひたひたと心の底に募るせいか、あのお方のことが忘れようにも忘れられない 葦原を満ち来る潮や夏旺ん

俳句歳時記 冬 第五版 時候

淵なれば散りて流れずもみぢ葉のふちの底ひに朽ちて沈めり 生方たつえ 子持嶺の岩山かげゆ取りて来し松藤入れて風呂立てにけり 倉沢誠一郎 冬 聖堂の木の香奪はれつつ冬へ 広瀬直人 初冬 初冬の木をのぼりゆく水のかげ 長谷川双魚 水に靄動きはじめて初冬か…

高座の御笠の山に鳴く鳥の止めば継がるる恋もするかも 山部赤人(巻3・373)

高座の(枕詞)御笠の山に鳴く鳥が鳴き止んだかと思うとすぐまた鳴きだすように、抑えたかと思ってもすぐまた燃え上がる切ない恋を私はしている。 春日野に登りて作る歌。

縄の浦に塩焼く煙夕されば行き過ぎかねて山にたなびく 日置少老(巻3・354)

夕凪や塩焼く煙たなびける 夕凪の瀬戸の塩焼く煙かな 夕凪の入り江塩焼く煙かな 夕凪の瀬戸に塩焼く煙立つ 藻塩焼く煙たなびく土用凪

みもろの 神なび山に 五百枝(いほへ)さし 繁(しじ)に生ひたる 栂の木の いや継ぎ継ぎに 玉葛(たまかずら) 絶ゆることなく ありつつも やまず通はむ 明日香の 古き都は 山高み 川とほしろし 春の日は 山し見が欲し 秋の夜は 川しさやけし 朝雲に 鶴(た…

さざれ波磯越道なる能登瀬川音のさやけさたぎつ瀬ごとに 波多朝臣小足(巻3/314)

小波(さざなみ)が川岸の岩を越すというではないが、越の国へ行く道の能登瀬川、この川の音のなんとさやかなことよ。激ち流れる川瀬ごとに。 激つ瀬に岩打つ波のさやけしや

燃ゆる火も取りて包みて袋には入ると言はずやも智男雲 持統天皇(巻2:160)

嬬恋の草凪ぎわたる焚火かな

鯨魚取り 近江の海を 沖放(さ)けて 漕ぎ来る船 辺(へ)付きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂 いたくな撥ねそ 辺つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 夫の 思ふ鳥立つ 倭大后(巻2・153) 若草や近江の海を鳥翔り

橘の蔭踏む道の八叉に物をぞ思ふ妹に逢はずして 三方沙弥(巻2/125)

橘の木蔭踏みゆく去来の忌 橘の木蔭踏みゆく西鶴忌 橘の木蔭踏みゆく宗祇の忌

在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来ね 

在り嶺よし対馬は碧き月宿す 在り嶺よし対馬を春の霙かな

相(あふ)坂をうち出でて見れば淡海の海(み)白木綿花(しらゆふはな)に浪たちわたる 詠み人知らず(巻13/3238)

阿佐緖忌の妻の黒髪搔ひ撫でつくちなはのごと指に纏はる 坂よりの湖の白浪蝉丸忌 みづうみに波立ちわたる蝉丸忌 みづうみをわたる白波蝉丸忌 立ち渡る湖の白波蝉丸忌

紫草(むらさき)を草と別く別く伏す鹿の野は異にして心は同じ 詠み人知らず(巻12・3099) 

鹿啼くと野は紫に匂ふなり 鹿のこゑ野のむらさきに匂ふなり 鹿のこゑ紫に野の匂ふなり むらさきに野の匂ふなり夜の鹿 むらさきに野の香り立つ夜の鹿 紫に野の香り立つ夜の鹿 むらさきに野の匂ひ立つ夜の鹿 夜の鹿野の紫に匂ひ立つ 鹿のこゑ野のむらさきに匂…

窓ごしに月押し照りてあしひきの嵐吹く夜は君をしぞ念ふ 詠み人知らず(巻11/2679)

窓ごしに押し照る二十三夜月 みづかげの𨗉き水草紅葉かな みづかげの重き水草紅葉かな みづかげを迅き水草紅葉かな

難波人葦火焚く屋の煤(す)してあれど己が妻こそ常(とこ)めづらしき 詠み人知らず(巻11・2651) 難波江の薄闇かけて葦火焚く 難波津のうすずみの空蘆火焚く 難波津の空の薄闇蘆火焚く 難波津の沖つ薄闇蘆火焚く 難波江に夜来の雨や蘆を刈る 難波江…

山萵苣の白露おもみうらぶるる心を深み吾が恋ひ止まず 柿本人麻呂(巻11/2469) 山萵苣の白露を置く柔らかさ 山萵苣の白露を置く重さかな 山萵苣の露置きてより白きかな/+/ 山萵苣の露置きいよよ白きかな 山萵苣の白露宿す重さかな

卯の花の咲き散る岳ゆほととぎす鳴きてさ渡る君は聞きつや 詠み人知らず(巻10/1976) 卯の花の咲き散る岳ゆほととぎす 卯の花の咲き散る岳やとの曇り 卯の花の咲き散る岳よ御田植 卯の花の咲き散る岳や練供養 卯の花の咲き散る岳よ晶子の忌 卯の花の…

印南野は行き過ぎぬらし天つらふ日笠の浦に浪立てり見ゆ 同下(巻7/1178) 家にして吾は恋なむ印南野の浅茅が上に照りし月夜を 詠み人知らず(巻7/1179) 浦浪の白き浅茅生月夜かな

稚児の閉づる眼のへに紅を差しにけり祇園囃子の笛の高鳴り 稚児閉ぢし眼のへに紅を差しにけり祇園囃子の笛の高鳴り 稚児の閉づる眼の上に紅差しにけり祇園囃子の笛の高鳴り 稚児閉ぢし眼の上に紅差しにけり祇園囃子の笛の高鳴り 稚児閉づる目のへに紅を差し…

わが屋戸の夕影草の白露の消ぬがにもとな念ほゆるかも 笠女郎(巻4・594) ひた走るわが道暗ししんしんと怺へかねたるわが道暗し 斎藤茂吉 陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ 同上 最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけ…

賀茂真淵 万葉考

古の歌は言には風流なるもの多かれど、心はたた打見打思ふがままにこそ詠めれ

梧桐に寄り添ふ沙羅の花明り今宵見るものみな美しき 綱引の一声に空引き寄せぬ 綱引の一息に空引き寄せぬ

合はさむと手に吐く息の白さかな灯火送るみちのくの海 月つつむ雲明るしや盂蘭盆会 月包む雲明るしや茄子の馬 月包む雲明るしや魂祭

みちのくの海坂へ灯を送りけり手を合はさむと吐く息白き みちのくの海坂へ灯を送りけり合はさむと手に白き息吐く みちのくの海坂へ灯を送りけり合はさむと手に吐く息白き

北原白秋 桐の花・聴けよ妻ふるもののあり 

短歌は一箇の小さい緑の古宝玉である、古い悲哀時代のセンチメントの精エツキスである。古いけれども棄てがたい、その完成した美くしい形は東洋人の二千年来の悲哀のさまざまな追憶おもひでに依てたとへがたない悲しい光沢をつけられてゐる。その面には玉虫…

神籬の杉靄ひ立つ鹿火屋かな まなうらの一燈迅し流燈会 見守りゆく一燈淡し流燈会 一燈の淡き燈籠流しかな 合はさむと手に吐く息の白さかな海坂かけて淡き灯火 合はさむと手に吐く息の白さかな瀬戸内かけて淡き灯火 合はさむと手に吐く息の白さかな和田岬か…

月包む雲の明るし盂蘭盆会 かりがねは空ゆくわれら林ゆく 寂しかりけるわが秋もゆく 吉井勇