人生

ホッファー

他者への没頭は、それが支援であれ、妨害であれ、愛情であれ、憎悪であれ、つまるところ自分から逃げる手段である

新涼やかたはらの子と歯を磨き 朝涼やかたはらの子と歯を磨き かたはらの子と歯を磨く涼しさよ

『論語』

子曰く「徳の修まらざる、学の講せざる、義を聞きて徒るあたはざる、不善を改むるあたはざる、これ吾が憂ひなり」 『論語』述而篇 孔子は言った「德が身についていないのではないか。学問を怠りはしなかったか。正しいことと知りながら実行しなかったのでは…

菜根譚 前集 第52条

恩を施す者は、内に己を見ず、外に人を見ざれば、 即ち斗栗も万鈔の恵みに当たるべし *1 *1:見返りを期待してはならない

私の好きなフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェの言葉たち

重大なのは永遠の生ではない,永遠に溌剌たる生気だ 『善悪の彼岸』 狂気は個人にあっては稀有である。しかし、集団・党派・民族・時代にあっては通例である 人間は未確定の動物である。人間が猿から由来したというには、猿はあまりにも善良である。 『ツア…

菖蒲風呂蒙古斑より洗ひけり 菖蒲湯や蒙古斑より洗ひやり 菖蒲湯や蒙古斑より吾子洗ひ

木をゆさぶる子がゐて夏の家となる 津田清子 一切の無常なるものは影に過ぎない ゲーテ 若竹を揺る子夕影濃くなりぬ 若竹を揺る子に空の青さかな 今年竹空のあをさに揺りにけり 若竹を揺るや青空あをまさる 若竹を揺る子や雲の生れつぎ 雲生れつぐや子の揺る…

藤棚

緑蔭に影残しけり祖母を焼くあつきあつき骨壺懐く藤の昼。 白骨の千々に砕けぬ藤の雨 骨壺にほのかな温み 藤 の雨 骨壺を抱くぬくもり藤の雨。 藤の昼骨壺懐く余熱あり 時鳥骨壺懐く余熱あり ほととぎす骨壺懐く余熱あり 慈悲心鳥骨壺懐く余熱あり 白藤の垂…

ニーチェ 善悪の彼岸

人間は未確定の動物である。人間が猿から由来したというには、猿はあまりにも善良である。解 悩み苦しむことは人間の特権であるということ。人格を自覚すること。

キルケゴール

不安は自由の目眩だ。 私は自由だ。何をしてもいいということは、あまりにどこへでも行けて不安という目眩を起こすのだ。読書や映画に縛られる時間は自由はないが不安もない。それは単純に楽しい時間だ。そしていにしへの人たちと心を通わすなど、こよなうな…

ブッダ

何を読もうと聞かされようと自分自身の理性が同意したもの以外は何も信じるな。

ソクラテス

アレテーとは? 物の特質である。 人間は? 人間の特質は?という問いかけ。 徳である。 徳についての研究、人間の善について考えることをソクラテスはフィロソフィアと呼んだ。 フィロは愛、ソフィアは知る、つまり、知を愛するという意味。 我々はこの人間…

老子

善なるものは吾これを善とし 不善なるものも吾またこれを善とす 徳は善なればなり

フランシス・べーこん

何といっても、最上の証明は経験だ。

ショーペンハウアー

誰もが自分の視野の限界を世界の視野の限界だと思っている。

結婚記念日

構えたる夏掛に吾子駆け込みぬ 構えたる夏掛に吾子跳び込みぬ 夏座布団小走りの吾子駆けきたる 跳び込める子を夏掛に包みけり。 夏掛に飛び歩く吾子包みけり 夏掛に小走りの吾子包みけり 夏布団小走りの吾子包み込む 夏布団小走りの吾子包みけり 夏布団駆け…

西行

津の国の難波の春は夢なれや 葦の枯葉に風渡るなり宮柱下つ岩根に敷き立てて つゆも曇らぬ日のみ影かな子はやはらかしあたたかし 摘草や吾子やはらかくあたたかく 子は柔らかしあたたかしぱたぱたと奇声をあげて笑ふ生き物 柔らかきあたたかき吾子ころばしぬ…

正岡子規

花は我が世界にして草花は我が命なり

水原秋櫻子

さむき夜の霧さへ降りぬ父を焼く 葬り火の映ゆる冬帽を手にしたり 鶯や雲押し移る雲母越*1 丘飛ぶは橘寺の燕かも 木瓜の朱は匂ひ石棺の朱は失せぬ 朝桜揺ぎ天竜流れたり 川波の霞むを見れば疾く流る *1:きららごえ

マルクス・アウレリウス 自省録 第十二巻 十七 

適切でなければ為すな。真実でなければ言うな。なぜなら、おまえの意欲は安定したものであるべきだからである。

マルクス・アウレリウス 自省録 第九巻

四 過ちを犯す者は自分に対し過ちを犯すのであり、不正を成す者は自分を悪しき者とするがゆえに自分に不正を為すのである。 五 何かをなすことのない者がしばしば不正に陥る。ただに何かを為す者のみではない 三十一 正義とは公共的に行為すること ほかなら…

マルクス・アウレリウス 自省録 第七巻 

二 精神の埒外にあるものはわが精神に対しては無である。そのことを学び取れ。 七 助けを受けることを恥じるな。 八 未来のことに心煩い心乱すな。必要となれば,現在のことに今活用しているその同じ理性をひっさげておまえはそのことに当たるであろうから。…

マルクス・アウレリウス 『自省録』第六巻

六 復讐する最良の方法は、相手と同じような者にならぬ事。 十六 何が尊ぶべきものとして残るのであろうか。私の考えでは、そのものの本来的な構成にしたがって行動・静止することである。これこそはまたもろもろの営為や技術の目指すところでもある。なぜな…

マルクス・アウレリウス『自省録』第五巻 三十七 

幸運な者とは、自分によき分け前を与える者のことである。善きわけまえとは、魂の良き性向、良き欲求、良き行為である。

マルクス・アウレリウス 自省録 第四巻 

二十 いかなる様式の者であれ、美しいものはそれ自体からして美しく、それ自体へと赴いて止む。それに加うるに賞賛をその一部分として持つことは出来ない。まこと賞賛されるものがより悪くあるいはよくなるというものではないのである。 碧玉は賛美されなけ…

マルクス・アウレリウス 自省録 第四巻 七

私は害されたという思いを取り除けよ。さすれば害そのものが消えるだろう。

マルクス・アウレリウス 自省録 第三巻

六 もしおまえが人生において、正義、真実、思慮、勇気よりも、またこれを要するに、そのなかにあっておまえの精神がおまえをまっすぐな理性に従って行為する者となす事柄にあっては、己に満ち足り、¥選り好みの余地なく天から与えられるものには、運命に満…

マルクス・アウレリウス 自省録第三巻 五 自立とは

いやいやながら事を為すこと、公共への関心なしに為すこと、事前の吟味もなしに為すこと、心のうちに抵抗を覚えつつなすこと、これらはしてはならないことである。手の込んだ繊細さがおまえの考えることを飾りたてるな。行為や口数の多いものであるな。…明朗…

マルクス・アウレリウス 自省録 第二巻 十七

人間の生命にあって、その年月は点であり、その地は流動するもの、感覚は混濁し、全肉体の組織は朽ち易く、魂は激動の渦巻きであり、運命は窺い難く、名声は不確実である。これを要するに、肉体の事はすべて流れる河であり、魂の事は夢であり妄想である。人…